お侍様 小劇場 extra

    “今年が始まるねvv” 〜寵猫抄より
 


このお正月は軒並み“記録的な”といわれるほどに暖かで。
ところによっては
花見どきの四月上旬と同じくらいの気温となったとか。
島田さんちが毎年毎年 年の瀬からお世話になっている温泉地でも、
本来ならば露天風呂やら庭園から雪景色が観られて風情があるところが、
今年の正月三が日は雪雲の影さえないままにすっきりとした好天が続き。

 『まま、それで温泉が冷めるわけでなし。』

雪化粧なしでも風光明媚な土地には違いなく、
近所の巡り湯に通いやすくなったという解釈も出来てか、
お客様からの不評はなかったそうで。
主人の頼母さんも、
これからの客が途切れるでなしという盛況ぶりなの教えて下さり、

 「じっくりと骨休めさせていただきましたよね。」

上げ膳据え膳のお正月を堪能した島田さんご一家は、
Uターンラッシュを避けての四日に帰還して。
マイカーで到着した我が家に、
ああ、やれやれ、これから下界の生活が始まるかと、
大人二人はちょっぴり残念そうに苦笑をこぼしたものの。
バスケットの中で大人しくしていた仔猫たちは
玄関口で出してもらうと それっとばかりに邸内へと駆けこむ生きの良さよ。

 「宿ではお行儀よくしていたので肩が凝ったんでしょうかね。」

和室だと畳やふすまへ悪戯しないかが心配だったが、
ケージに入れてはない時間帯も、七郎次や勘兵衛のお膝周りで遊んでいた二匹。
昼間の時折 陽だまりを探して外に連れ出しもしていたけれど、
日頃の腕白ぶりを想えば、そのくらいでは到底足りてはいなかろと
案じておればこの結果という感じで。

 「あ、勘兵衛様、メールチェックはお茶淹れてからでいいですか?」
 「ああ、急がんで構わぬよ。」

原稿へ進捗状況を訊くものから、新年のご挨拶までも、
メールにての連絡が主流の昨今なれど、
肝心な作家せんせえの勘兵衛は、相変わらずにネット関係へ接するのが苦手であるらしく。
そこへ持って来て敏腕秘書殿が
出版関係、知人関係とグループ別のネットワークをきっちり管理してなさるので、
自前のスマホには、もはや自宅と秘書殿のスマホの番号しか登録されていないのだとか。
着替えや何やの整理はそのあとでいっかと頭の中で段取りを決めつつ、
それでもボストンバッグをランドリールームまで運び込み。
キッチンへ向かった七郎次の足元へ、

 「にゃあにゃあvv」
 「みゃうにぃvv」

廊下の黒光りする板張りを、
カリカリしゃしゃしゃあと引っ掻きもって駆けて来た小さな家人らが、
何かしらおねだりモードになって甘い声出し、
後足で立っての愛らしい背伸びを交互にして見せ、
ねえ聞いて聞いてとじゃれかかる。

 「なぁに?」

どうしたのかな?と微笑んで、わざわざ屈みこんだ七郎次。
片やは彼には幼い坊やに見えている久蔵を、お尻と胴回りへ腕を回すようにして抱えてやり、
黒猫さんの方は手のひらを広げてひょいと、
こちらも慣れたもので危なげなく抱えてしまうと、二人を連れてダイニングへ入って。

 「温かいミルク、用意するからね。」

お行儀という意味ではお宿にいたころから、
体への負担という意味では帰りの車中もまた、
それなり窮屈だったろうから。
懐かしのおウチへの帰還が叶った途端、
ぱたたたた…と伸び伸び駆け回ったこの子たちだったようであり。
大人たちのお茶へは小ぶりな薬缶に水を張ってコンロへかけて、
それとは別口、この子らへのミルクは、
マグカップにいれたのを電子レンジでチンしてから、
それぞれ愛用の浅いお皿へ移してやったが、

 「みゅう・みぃ。」

どうぞと床へと置いたのへ、金の綿毛をふるふる揺すって坊やが不満げ。
人の子に見えてる相手にこれはちょっと道理のおかしい扱いかもと
当初は自分でもそう感じ、
コップを口許まで持ってってやってた七郎次だったのだが、
本人はやはり仔猫故、
そんな風にされたとて、口の中へと注ぐ飲み方は出来なくて。
床への直置きにも抵抗はなくなりつつあったほどなので、
これは別口の言いたいことがあるらしいと、察した切り替えもなめらかなもの。
何なになぁにと小首を傾げるおっ母様の手へ
鼻先をくっつけて しきりにふにゃぁんと甘い声を立てるので、

 「あ、そっか。」

ポンと手を合わせた七郎次、
合点がいったそのまま、キッチンへと戻ってゆき、
冷蔵庫を開くとタッパウェアを1つ取り出して、
何やら菜箸でちょいちょいと器用に取り分け始める。

 「??」

連れ合い様が、物言わぬ仔猫らを相手に一体何をしているものか、
途中から観ていた格好の勘兵衛が、
そちらは全く意味不明なままに、成り行きをじいと眺めておれば。

 「手に乗っけて少しは温めたけど。」

冷たいかもだよ、気をつけてねと
別な小皿を2匹の前へと並べれば、
そこには金色をした和製のスィーツが小さなお山になっており。

 「にゃvv」
 「みゃんvv」

たちまちお口をつけて、ぺろぺろあぐあぐ堪能を始める現金さよ。

 「…もしかして“きんとん”か?」
 「はい。」

おせちの用意は要らないお正月なれど、
それでも一応はとちょっぴり作り置いてたらしいおっ母様。

 「黒豆とエビのしんじょもありますよ? お茶うけに出しますね?」

今年のは美味しく出来たんですよと、
水色の玻璃玉のようなきれいな双眸をやんわり細め、
ほこほこと笑顔になっておいでの七郎次なのへ、

 「ああ、すまぬな。」

こちらは苦笑ともいう笑みを口許へと浮かべ、
精悍で男臭いお顔を破顔させた勘兵衛様。
ああ今年も和やかに始まったねと、
そんな実感を覚えた島田さんちの皆様なのでありました。






   〜Fine〜  16.01.05.


 *おウチでお母さんが作るものではなくなりつつある
  お正月の“おせち”みたいですが、
  黒豆だけとか、煮しめだけとか、
  子供がねだるので きんとんだけとか、
  そのくらいは何とか用意なさるとも漏れ聞きます。
  家庭の味っていうんですかね、そこは残してほしいなぁ。
  …ところで、
  シイタケやゴボウ、ニンジンにレンコンとフキ、
  そういった根菜を別々に煮て盛り合わせにする
  炊き合わせを作る家って珍しいのかなぁ?

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